2008年05月31日

成富兵庫茂安さま

今日の午後、石井樋の「さが水ものがたり館」で
金子館長の講座がありました。
「さが水物語り伝承舎」の第1回目で、初回は
佐賀が誇る治水の偉人、「成富兵庫茂安」

少しは知ってるつもりだったが、改めて聞くと”やっぱりすごい”
時は戦国時代末期、11歳から45歳まではまぎれもなく
戦国武士のお勤めに明け暮れてらっしゃる。

龍造寺隆信の小姓から、鍋島の時代へ、激動の時代を駆け抜け、
しかも、治水の偉人としての手腕を発揮するのは、45歳を過ぎてから・・・
佐賀のいたる所に様々な開発、治水の跡を残しています。

藩のために自分がやらねば・・・という思いからなのか、
やりがいのある仕事に一途になれたからか、それとも
身体あっての任務だから、健康管理をきちんとしていたのか、
江戸時代初期にしては長寿で、75歳で寿命を終えられています。
 (神埼町日の尺池、ここも兵庫茂安さまの偉業)

      (さが水ものがたり館)
  

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2008年05月30日

千年楠

神埼町朝日地区の東、城原川のほとりに
白角折(おしとり)神社があります。

櫛田宮に連なる古社ですが、明治時代に仁比山神社に合祀されて
現在は、社自体は寂れた感がしますが、目の前にそびえる、
そう、まさに堂々とそびえる巨大な楠が見事なんです。

根回りは約30m、高さ約27m、枝張り約35m、
一昨年の台風で、中心の大きな幹が折れるまでは
遠目には、まるでこんもりとした森のように見えてました。

樹齢が千年を超えていても、なお成長過程の巨木は
空洞もなく、根幹を水が勢いよく登り、枝や葉の隅々まで
生き生きと水が行き渡っている感じです。

この大樹の下に佇み、南風に騒ぐ若葉の音を聞き、
青葉の隙間からの木漏れ日を受けると、穏やかな
不思議な「気」をもらった心地になります。  

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2008年05月29日

伊東玄朴と篤姫

九年庵や仁比山神社へ登って行く参道の右手に
「伊東玄朴旧宅」があります。
伊東玄朴は、シーボルトに学び、日本に初めて種痘を導入し、
東大医学部の前身を創った、近代医学の父と呼ばれている人です。

旧宅は、玄朴が21歳の時まで住んでいた家であり、自分が建てた家でも
あります。

時代は幕末、今NHKで放送されている「篤姫」と同時代であり、
玄朴と篤姫は顔を合わせているはずです。

夫の将軍家定が重篤になった時、漢方医の奥医師では手当ての程がなく、
母の本寿院や大老の判断で、伊東玄朴ら蘭方医が始めて江戸城に入り、
将軍の奥医師となります。

さらに次の将軍家茂や、皇女和宮も診ていて家茂の病気快癒の折、
天璋院(篤姫)や、和宮から賜り物が玄朴に下されています。

今話題の篤姫、玄朴との思いもよらぬ繋がりがありました。  

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2008年05月28日

櫛田宮の「琴の楠」

櫛田宮の肥前鳥居のすぐそばに、その楠はあります。

樹齢約1000年、風雪にさらされ、雷に打たれ、空洞になっていたり、
枯れた部分があったりと、いかにも古木然とした立ち姿です。

こんな言い伝えが残っています。
「景行天皇が、皇子の日本武尊を偲び、各地を巡幸された時、
櫛田宮で琴を埋められ、ここから芽が出て楠となった。
心の清浄な人が息を止めて、この楠の周りを7回半まわれば、
琴の音が聞こえ、幸せになる」

試してみました。
2回目をまわる頃から苦しくなり、3周目に入る頃にはギブアップ!
現在のこの楠では大きすぎて無理です。
この言い伝えが始まった頃は、まだ幹周りが小さかったはずですから、
琴の音を聞いた人がいたことでしょう。  

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2008年05月27日

櫛田宮 その②

櫛田宮の「肥前鳥居」は、慶長7年(1602)に建立、
その年代の古さは、県内屈指のものです。
笠木、鳥木、柱、貫など全てが、3本継ぎという特徴があります。
   
   (写真手前が、県重要文化財の肥前鳥居)

九州の大社と称された「櫛田宮」が、衰退していくきっかけは
蒙古襲来が勝ち戦となったことが原因です。
鎌倉幕府の命により論功行賞として、400人に上る戦功の
武士団に神埼御荘が、細かく配分されたためです。

そのひとつが「尾崎=小崎」です。
蒙古屋敷跡といわれている場所や、尾崎人形などに
名残として残っています。  

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2008年05月26日

櫛田宮 その①


神埼市神埼町にある「櫛田宮」は、博多櫛田神社の本宮です。
肥前国有数の古社で、平安時代は「神埼御荘」3,000町歩の総鎮守で
189もの末社があり、博多の櫛田神社はその1つということです。

神様は「櫛稲田姫命」、名が示す通り、農業の姫神さまで、
一年おきに、本宮を出て下宮にお泊りになり、次の日にお上りを
されますが、これが「みゆき大祭」といって、もう750年以上
続いています。
800名以上の大行列で、数百メートルに及ぶ見事なもので、
今年は4月5日~6日に行われました。


  

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2008年05月25日

うらら亭のランチ

神埼町の東、すぐ近くが佐賀市兵庫町の伊賀屋駅という所に
「うらら亭」があります。
およそ7年前に、料理好きの奥さんが念願の店を自宅にオープン!
ただ当時は、看板もなく、周りは全部田んぼの一軒家の一室でした。

それから7年の間に口コミなどでお客が増え、メディアにも取り上げられ
待ち時間が出る位に、人気のランチの店になっています。

お客様の99%が女性で、神埼だけでなく佐賀市からも多いということで、
時々は福岡市や久留米市からも、道を尋ねながら見えられるそうです。

この時期、数年の間に大きくなった木立が緑を増し、ハーブや
その他の草花が花を付け、食卓の器にも季節の花が
彩りを添えていました。
  

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2008年05月24日

「春よこい」スタート

今日24日(土)から、佐賀県の呼子を中心にロケが行われた
映画「春よこい」が、全国に先がけて県内上映スタート!

初日は、監督と主演の工藤夕貴さんが挨拶に見えるということで、
「109」に見に行きました。
150席の館内は9割以上が埋まり、赤いドレスの夕貴さんは
遠目にも綺麗!
作品は「まぁ、よかった」
一緒に行ったHさんは、「時任三郎」の大ファンとかで、
おそらく食い入るように、時任さんを見ていたと思う。

私は、見覚えのある風景に、「ふ~ん」「へぇ~」「えぇっ」

最後にキャストやスタッフ、協賛、協力などの字幕が流れたが、
その半分の画面にその後の家族の様子が出るものだから、
そっちに目がいって、県内関係の企業やお店などホントは
じーと見たかったけど・・・スピードも速くって、読めなかった。
目はふたつあるけど、別々のものを左右同時には、見れませんねぇ。



  

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2008年05月23日

神埼駅の卑弥呼

神埼駅の北口は、平成13年に「国営吉野ヶ里歴史公園」の
開園に伴ってつくられました。

神埼駅は、高床倉庫をイメージしてつくられ、屋根の突き出し部分は
展望テラスになっています。
駅舎北口前は、ロータリーになっていて、その中央に
「卑弥呼」が立っています。

台座からの高さ約5m、右手に巴型銅器を持ち、左手を水平に伸ばし、
その指さす先は、もちろん600m先の「吉野ヶ里歴史公園」

すらりとした長身の美人です。細面の顔は当然「弥生系」
ただ、卑弥呼は人前に姿を見せず、部屋に閉じこもり、
食事は豚肉など動物性たんぱく質の高い高カロリーのものを
食べ続けていたら、以外と豊満な体型だった可能性もありますね。  

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2008年05月22日

そうめん流し(回し?)

神埼はそうめんの町・・・
江戸時代から数えて380年の伝統を誇っています。
明治までは、町内に300件ほどの手述べそうめんの店があり、
軒を連ねてそうめんを作っていたようです。

明治20年代、「東の豊田佐吉、西の真崎照郷」と賞賛された
真崎照郷によって造られた製麺機により、
神埼そうめんは飛躍的に増産されます。

手延べの方がおいしいという方が多いですが、
湯がいてすぐ食べるなら、機械麺の神埼そうめんが絶対”おいしい”!
(昼湯がいて、夜食べるなら手延べですが・・・)

神埼町4丁目、長崎街道の西木戸口そばに「神埼宿場茶屋」が
ありますが、ここで「そうめん流し」があってます。
つるんとした、喉越しのよさと食感が持ち味の
「神埼そうめん」が楽しめます。


  

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2008年05月21日

真っ赤なポピー道路

神埼駅北口から東へ約600M、、吉野ヶ里公園西口前を左折すると、
そこから約800M、西側周縁道路が続いていますが、今その歩道側に
赤いポピーの群生がズーッと続いています。

ポピーには、白や黄、ピンクなど色々ありますが、ここは圧倒的に
赤なんです。
5月の連休の頃から次々に咲き始め、まだ咲いています。
走っていると目の端に、ズーッと赤い色が入り、周りの木々の
緑に映えて、思わず見とれてしまいそうになります。

さすがに「国営吉野ヶ里」だな~と、いつも感心するのは、公園内の
完璧なメンテナンスだけでなく、公園の外にまで気を配っている所です。

もうしばらく楽しめそうな「赤い道」・・・
神埼に来ませんか。



  

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2008年05月20日

横武クリーク公園

神埼町横武地区に「横武クリーク公園」というのがあります。
その昔、佐賀平野の至る所にあったクリークは、
圃場整備や宅地などですっかり姿を消しましたが
横武地区のクリークは、保存されて公園になっています。

元々は、戦国時代に横岳氏の居城だった所で、
当時は深い堀や藪で幾重にも囲まれ
西側からの1本の道から入り
巡り巡ってやっと中央に辿り着く・・・
という天然の要塞でした。
(横岳が横武になったのは、明治時代になってから)

当時の神埼には、こんなクリークを利用した平城がいくつもあり
現在でも「横武」の他に「姉川城跡」「直鳥城跡」が残っています。  

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2008年05月19日

新緑の仁比山神社

今朝は、NBC佐賀の「スキッピー」号が神埼の仁比山で中継。
雨が降り出す前の神社参道で、太良町出身の村井レポーターが
マイクを手に、すぐそばの「九年庵」のことをレポート!
彼女はここが初めてということで、空気まで緑に染まりそうな
仁比山の青モミジに、すごく感動してくれた。

雨が近いということもあって、古木が連なる青モミジがまったりと枝を垂れ、
まだどこかに新緑の明るい色を残した木々が、両側から重なり合い
まさに「緑の回廊」!

(緑の仁比山神社参道、秋はこれが全て赤に変わる)  

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2008年05月18日

続・麦秋

昨日に引き続き「麦秋」の話題!
佐賀県の大麦や小麦などの収穫量は北海道に次いで「全国2位」!
だが、ビール麦といわれる二条大麦に限ると「全国1位」!
この時期の佐賀平野は、全国一の見事な光景ということになる。

私は5月のこの一面の麦秋も好きだが、4月に見る出揃ったばかりの
新緑の大麦の穂が、風に波打つ様にいつも感動する。
米と麦の二毛作で田んぼを空かすことなく、130パーセント以上使う利用率に
古代から続く佐賀の豊かさを実感し、自分の田んぼでもないけど嬉しくなる。
(写真は神埼町横武地区の麦秋)  

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2008年05月17日

麦秋

今日は、NHK「肥前路吟行さがん文芸」の公開録画が
神埼市千代田町のハンギ―ホールで行われた。
午後1時半からの収録に先立ち、神埼市内を
選者の方々やNHKのスタッフの人たちが吟行!
午前中、「横武クリーク公園」「櫛田宮」「麦田」など・・・
2時間弱の短時間ながら、神埼のこの季節を体感して頂く。
その時は気づかなかったが、本番の時何度も出た言葉で、一番心に残ったのは
「麦秋の麦田」だとわかった。
佐賀の人が、当たり前の光景として見ているものが他県の人にとっては
感動の観光素材になるのは、吉野ヶ里などで何度も感じたことで、
今回の選者の方も一面の黄金色の佐賀平野を絶賛してくれた。
  

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2008年05月16日

続・吉野ヶ里

今日も午前中吉野ヶ里で説明、案内 ・・・
最初に広島の府中東小学校6年生、続いて地元の脊振小学校6年生へ。
100名を超える数から、19名へ移動。でも、広島の子も佐賀の子もまだこの頃までは素直でかわいい!
この季節、高床倉庫や物見やぐらの下は、風が通り涼しい。
でも、日なたは紫外線が降り注いでいる。吉野ヶ里にお越しになる時は、日傘、帽子で紫外線対策を・・・
(写真は2100年前の王墓、北墳丘墓内部)  

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2008年05月15日

吉野ヶ里は大賑わい!

今日の午前中は、神埼市立西郷小学校6年生の社会科見学に同行、
吉野ヶ里の説明をしながら、2時間ほど歩きました。
今日は、朝から修学旅行や社会科見学の子どもたちで大賑わい!
開園から1時間足らずで2,000人以上が入園・・・
駐車場も大型バスでいっぱい!

>東京の女子高生も来ていましたが、圧倒的に小学6年生!
愛媛、広島、山口、大分、福岡、北九州 ・・・
弥生の丘に子どもたちの声が響いていました。

日本中の教科書の弥生時代の記述を変えてから20年 ・・・
九州の修学旅行のメッカになりました。  

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2008年05月14日

はじめまして!

神埼市は、一昨年脊振村、神埼町、千代田町が
合併して誕生!
標高1,055mの脊振山頂から南北は約17kありますが、
東西は平均約3K・・・
ちょっと西に走れば「佐賀市」
ちょっと東に走れば「吉野ヶ里町」。
というわけで、「神埼」だけでなく「佐賀」と「吉野ヶ里」まで
”わかる分だけ”カバーしていきたいと思っています。  

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